翻訳屋佐吉の生活と意見関東を離れ、北陸に古民家を購入したとある翻訳屋の田舎暮らし事始めと日々のつれづれ。 

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誤訳が多いのでレートを……上げます

2012/10/07[日]《 翻訳屋稼業 》
 先週の金曜、つまり、栃木に母校を訪ねた日の話。午前中、シャワーを浴びている間に取引先Aから携帯に着信があった。きっと次の仕事の依頼だろう、ならば同時にメールも送っているはずだ、と、シャワーを終えてすぐにPCを起動した。が、メールは届いていなかった。はて、どういうことだろう? 折り返し取引先Aに電話をかけてみた。すると、要件は次の仕事の依頼ではなく、先に納品した訳文の話だった。

 去年の1月から続いていた化学会社の大型プロジェクトが今年の春に終了し、5ヶ月ほど間を置いて8月にその第2期がスタートした。前回ほどではないが今回もまたかなりの量で、すでに3回に渡って原稿ベースで計6万字分の訳文を納品している。話というのはその先の納品分についてだった。コーディネーターさんの話によると、佐吉の訳文に重大な誤訳があったのだという。

 具体的に云うと、バルブの開閉などで "close" とすべきところが "open" になっていたり、流量や圧力の調整などで "decrease" とすべきところが "increase" になっていたりといった、クライアントにとっては致命的な誤りがいくつか見つかったらしい。そのことをかなり強い口調で指摘されたのだそうだ。なんとも云いづらそうに、一つひとつ言葉を選んで話すコーディネーターさんの声に、佐吉は針の筵(むしろ)に座らされている思いがした。

 この案件については、一貫して Trados で訳文を作成している。上のミスはその際の不注意によるものだ。Trados が見つけてきた、形は似ているが内容は正反対の訳例の "open" を "close" に、 "increase" を "decrease" に書き換えるべきところをうっかり見落としたのである。

 むろんそうした誤りを見逃したチェッカーにも責任の一端はある。が、基本的にすべて佐吉のミスだ。それも、決してあってはならないミスだ。翻訳する側にしてみれば単純なケアレスミスでも、現場でバルブを閉めるべき場面で「開けろ」と指示してあったり、流量や圧力を下げるべき場面で「上げろ」と指示してあったりすれば、場合によっては重大な事故にもつながりかねない。クライアントが怒るのも無理はない。シャワーを浴びたばかりだというのに佐吉は全身に冷や汗をかいた。

 実を云うと、佐吉はこの案件にさして乗り気ではなかった。これまで何度も話してきたとおり、第1期からずっと原稿の日本語のひどさに悩まされ、そのことを再三再四指摘してきたにも関わらず、第2期に入ってなお改善の跡は見られなかった。加えて、この案件はボリューム・ディスカウントによってレートが通常より若干低めに設定されている。1年以上に渡って携わってきた経緯があるので今さら断るわけにはいかないが、できれば引き受けたくない、あまりおいしくない案件だった。

 翻訳者たる者、一度仕事を引き受けたからには、たとえどんなに条件が悪くとも誠心誠意作業に当たり、可能なかぎり良質な訳文を納品しなければならない。建前はそうだ。それぞれが何を基準にしているかは知らないが、多くの翻訳者が口々にそう云う。が、生憎佐吉はそこまで人間ができていない。高等教育を受けた人間が書いたとは思えない悪文だらけの原稿に苦戦を強いられ、おまけにレートも通常より低いとなると、どうしてもモチベーションが下がる。「ただでさえ余計な苦労をさせられているのに」、「どうせ原稿も滅茶苦茶なのだから」と、訳出もチェックもついついおざなりになり、そのことが上のようなミスにつながったのである。

 佐吉をこのプロジェクトからはずす、あるいは、レートを下げる。いきおいそういう話になるだろうと覚悟した。同時に「どうせ乗り気のしない仕事なんだし、はずされたっていいや」という投げやりな気持ちも湧いてきた。が、電話のむこうからは予想外の言葉が返ってきた。

 「どうでしょう? レートを上げればもっときちんとチェックしていただけますか? たとえば◯円とか△円とか……」

 は? レートを上げる? 下げるんじゃなくて? (・_・;

 つまり、こういうことらしい。プロジェクト第1期の去年は、佐吉は取引先Aからしか仕事を受けておらず、事実上、取引先Aの専属だった。フリーランス1年目ということもあって、どんな仕事も文句を云わずに引き受け、また、佐吉なりに毎回ベストを尽くした。しかし、今年に入ってからはほかにも取引先ができ、取引先Aの依頼を断るケースが増えてきた。受注した場合でも、他社案件のスケジュールとの絡みで心ならずもやっつけ仕事になってしまったことが何度かあった。当然、むこうもそのことに気づいていたはずだ。で、「レートを上げてやるから、以前のようにウチの仕事を優先させてほしい」という流れになったのだろう。少なくとも佐吉はそう解釈した。

 「いくらがよろしいでしょう?」と聞かれたので、佐吉は今のレートよりワンランク上の金額を提示した。すると二つ返事で了承され、くだんの化学会社の案件についてはボリューム・ディスカウントはなし、ほかの案件についても今後は新しいレートで発注する、という運びになった。

 それにしても肝を冷やした。話し終えたときには、佐吉は全身汗びっしょり。結局、シャワーを浴び直す羽目になった。電話を切ったのち、冷静になってからふと思った。先の会話の流れでいけば、もっと高い金額を示しても受け入れられたのではないか、せっかくのチャンスを中途半端にしか活かせなかったのではないか、と。

 正直、今でもちょっと後悔している。ワンランク上の◯円でなく、ツーランク上の△円と云うべきだったんじゃないか。だが、いくら厚顔無恥な佐吉でも、こちらのミスで、というより手抜きでむこうに迷惑をかけたことを聞かされた直後に高い値段を吹っかけることはさすがにできなかった。まあ、いたずらに高いレートを設定しても、その分むこうが発注しづらくなってトータルではかえって収入が減る、ということも考えられなくはない。そう自分に云い聞かせ、ひとまずはこれで良しとした。

 複雑な心境の佐吉をよそに、細君はレートが上がったことを素直に喜んでいた。その晩、さいたまのマンションに戻ってから簡単な祝杯を挙げた。ともあれ、これでもういい加減な仕事は許されなくなった。先の手抜きを反省し、ふんどしを締め直す佐吉なのであった。
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2012/10/07 13:34 | Comment (4) | Site Map | Home | Page Top
翻訳者ネットワーク「アメリア」

Comments


そんなことが…

あるんですね!
びっくりです…

何が功を奏すものかわからないですね。

ともかくおめでとうございます(*´ェ`*)

ao_snooker |  2012/10/07 (日) 17:17 [ 編集 ] No.57


ありがとうございます

もっとも、功を奏した……と云ってしまうとちょっと語弊があるかもしれませんけどね (^、^;

翻訳会社にしてみれば、長く佐吉が手がけてきた仕事だけに、下手に叱責して佐吉にへそを曲げられ、プロジェクトを降りられても困る、と判断したのかもしれませんし、単にそういう時期にきていただけかもしれないし……少なくとも、同じことを狙ってやっても上手くいくとは考えにくいですね。

レートが上がったことはもちろんありがたいですが、その分より真摯に仕事と向き合わなきゃ、と思います。私にとってもいろいろと考えさせられる出来事でした。

佐吉 |  2012/10/07 (日) 18:34 [ 編集 ] No.58


よかったですね~

> Trados が見つけてきた、形は似ているが内容は正反対の訳例の
> "open" を "close" に、 "increase" を "decrease" に
> 書き換えるべきところをうっかり見落としたのである

こういうミスは、TM使用が前提のローカリをチェックする立場の人(ソースクライアント側のQA担当者)も、「よくある」と言っていました。ひとりふたりではなく、多くの翻訳者が同じミスをするということは、ツールの特性と言ってもいいものなのでしょう。

> どうでしょう? レートを上げればもっときちんとチェック
> していただけますか? たとえば◯円とか△円とか……

さすがに珍しいパターンだと思いますが(私も、そういう例を聞いたのは初めてです)、本質的には、「もっと条件のいい仕事が増えたので、いまの条件では断らざるをえないことが増えた。だから値上げしてほしい」という値上げ交渉の基本パターンと同じではありますね。

今回のお話も、断ることを増えたあたりから、ときどき質の悪い成果物が出てくる→佐吉さんの状況を正しく推測ということで、それなりにきちんと見ていてくれたということなのでしょう。よかったですね~。

p.s.
高校は栃木市でしたか。割とお近くだったのですね。私は宇都宮です。

Buckeye |  2012/10/09 (火) 08:21 [ 編集 ] No.59


ありがとうございます

こうしたミスについては、この案件の当初から、犯しやすくかつ影響の大きいものとして気をつけていたつもりだったのですが……慣れからくる油断があったんでしょうね。半機械的に作業をしてしまうことの怖さを痛感しました。

レートの話は私自身予想外のことでしたが、私も電話のあとで、同じ理屈でこちらから交渉することもできたのだろうと思いました。翻訳会社のほうに「いずれはそうすることになるだろう。それまで今のような状態が続くのなら、いっそ早いうちにこちらから……」という判断があったんじゃないかと想像しています。くだんの取引先にはずっと大事にしていただいているので、今後もそうした関係を続けていけるよう、心を入れ替えなくてはと思っているところです。ちょっと大袈裟ですが(笑)。

それと、宇都宮の高校のご出身であることは以前から聞き及んでいました。宇都宮には叔母が住んでいるので、たまに訪ねることがあるのですが、やはりいろんなものがずいぶん変わりましたね。機会があれば「散歩」してみたいと思っています。

佐吉 |  2012/10/09 (火) 15:00 [ 編集 ] No.60

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