翻訳屋佐吉の生活と意見関東を離れ、北陸に古民家を購入したとある翻訳屋の田舎暮らし事始めと日々のつれづれ。 

この記事に含まれるタグ :
赤毛のアン  花子とアン  電子書籍  Kindle  kobo  

スポンサーサイト

--/--/--[--]《 スポンサー広告 》
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

http://countrytranslator.blog.fc2.com/?overture" target="_new edit

--/--/-- --:-- | Comment (-) | Site Map | Home | Page Top

『赤毛のアン』をKindleとkoboで読む

2014/05/04[日]《 PC・インターネット 》
 佐吉はスマホもタブレットも持っていない。必要を感じないのだ。普段、もっぱら家でPCの画面に向かっているのだから、PCでできることはPCでやればいいし、家(仕事)を離れてまで液晶画面とにらめっこしていたくはない。メールを打ったり、ネットでちょっと調べ物をしたり、といった程度ならガラケーで事足りるし、通話もガラケーの方がしやすい。5分おきにSNSをチェックしなければ気が変になるということもないし、どこに行った、何を食べたと、日常を逐一他人に報告する趣味もない。外で仕事をする必要があるときはノートPCを持っていく。これもまたノートPCの方が効率が良い。

 ただし、電子書籍リーダーはあってもいいかな、と思う。出かけた先で、その時々の気分で読む本を選べたらさぞ便利だろう。とは云え、これもまだ購入には至っていない。そんなわけで、今のところ、佐吉はPCで電子書籍を読んでいる。

 電子書籍をPCで読むにあたって、koboに関してはPC用のアプリが用意されている。必要最小限の機能は備えていて、動作も軽快。読書をするためだけなら特に不都合はない。ところが、Kindleに関しては、用意されているのはスマホ用、タブレット用のアプリだけで、PC用はない。米国のAmazon.comが提供しているPC用アプリがあるにはあるのだが、日本のAmazon.co.jpで購入したKindle本はそのアプリでは開けない。なので、佐吉は、PC上でAndroidアプリを動かすことができるBlueStacksというエミュレータソフトを使って(日本の)Kindle本を読んでいる。BlueStacks 上でAndroid用Kindleアプリをインストールして、電子書籍を開くのである。

 ただし、BlueStacksを介して動かすKindleアプリは(少なくとも佐吉のPC環境では)些か重い。何をするにも動作がもっさりしていて、お世辞にも軽快とは云えない。巷間では、koboよりKindleの方が人口に膾炙しているようだが、ことPCでの閲覧に関しては、koboの方がはるかに快適だ。加えて、kobo(楽天)は年がら年中割引クーポンをばら撒いている。20%引き、30%引きは当たり前、40%引きも珍しくない。それゆえ、佐吉はKindleよりkoboを利用する機会が多い。むろん、神山妙子訳『赤毛のアン』をkoboで購入したのも、そうした理由からである。

 さて、そうして邦訳を読んでいると、いきおい、「ここんとこ、原文はどう書かれてるんだろう」と思うことがある。幸い(?)、『赤毛のアン』の原書はすでに著作権が切れているので、Project Gutenberg(日本の青空文庫のようなもの)で無料で入手することができる。KindleファイルやEPUBファイル(koboアプリに対応)をワンクリックでDropboxGoogle DriveOneDriveにダウンロードできるほか、HTMLやテキストファイルも用意されていてすこぶる便利だ。ちなみに、楽天やAmazonでも、『赤毛のアン』の原書を安価(2014年5月4日現在、共に95円)で手に入れることができる。普通にそれらを購入するという選択肢もある。

 佐吉は結局、『赤毛のアン』の原書を、EPUBではなくKindleファイルでダウンロードした。ひとつの電子書籍アプリで原書と邦訳を読み比べようとすると、そのたびにいちいち切り替えなければならず、面倒なことこの上ないが、邦訳をkoboアプリで、原書をKindleアプリで開けば、PC上で両者を見比べながら読むことができる。さらに、Project GutenbergのKindleファイルならば、米国Amazon.comのPC用Kindleアプリで開くことができ、くだんのBlueStacks上で動かすAndroid用Kindleアプリの重さに煩わされることもなくなる。

 実際に試してみると、これが実に快適だ。紙の本で読み比べるより楽かもしれない。加えて、Amazon.comのPC用Kindleアプリは、デフォルトでODE(Oxford Dictionary of English)が使えるのもありがたい。

 神山訳を読んだあとで原書を読むと、原文は思いのほかあっさりしていることに驚く。云い換えれば、神山訳は、一見、原文に比べてかなり多くの字数を費やしているように見える。しかし、あらためて読んでみると、無駄な云い回しがどこにも見当たらない。神山訳は、決して冗長ではなく、原文の細かなニュアンスを過不足なく反映させた、実に原文に忠実な訳なのだということがよくわかる。
《原文》
"Anne Shirley," reluctantly faltered forth the owner of that name, "but, oh, please do call me Cordelia. It can't matter much to you what you call me if I'm only going to be here for a little while, can it? And Anne is such an unromantic name."
"Unromantic fiddlesticks!" said the unsympathetic Marilla. "Anne is a real good plain sensible name. You've no need to ashamed of it."
"Oh, I'm not ashamed of it," explained Anne, "only I like Cordelia better. I've always imagined that my name was Corderia--at least, I always have of late years. When I was young I used to imagine it was Geraldine, but I like Cordelia better now. But if you call me Anne please call me Anne spelled with an E."
《神山訳》
「アン・シャーリーよ」その名前の持ち主はしぶしぶ口ごもりながら言った。「でもね、お願いだからコーデリアと読んでちょうだい。あたし、ここにちょっとしかいないんだったら、おばさんがあたしのこと何て読んだってたいして変わりはないでしょう? それに、アンはとても現実的な名前だわ」
「現実的だって? ばかばかしい!」マリラは遠慮会釈もなく言った。「アンはほんとにわかりやすい、ちゃんとした、いい名前だよ。恥ずかしがるにはおよばないよ」
「あら、恥ずかしがってはいないわ」アンは弁明した。「コーデリアの方が好きなだけよ。あたし、いつも自分の名前はコーデリアなんだと想像してたわ――少なくとも、ここ数年間はそうしてたのよ。小さい時は、自分の名前はジェラルディンなんだと思っていたんだけど、今じゃコーデリアの方が好きよ。でも、もしアンて呼ぶんだったら、Eのついたつづりの方で呼んでください」
 Wikipedaにあった「制作当時、もっとも原書に忠実な完訳であったことから(底本に)選ばれた」という記述がすとんと腑に落ちる。(ちょっと前のドラマではないが)実に面白い。いずれ機会があれば、村岡花子訳もこんなふうにして原文と読み比べてみたいと思う。
関連記事

この記事に含まれるタグ : 赤毛のアン 花子とアン 電子書籍 Kindle kobo 

http://countrytranslator.blog.fc2.com/blog-entry-135.html edit

2014/05/04 15:19 | Comment (0) | Site Map | Home | Page Top
翻訳者ネットワーク「アメリア」

Comments

コメントを投稿する 記事 : 『赤毛のアン』をKindleとkoboで読む


  設定するとあとで修正や削除ができます。(任意)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。